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聖書のページ

このページが霊的な歩みを育て、使徒活動を望む人の奉仕を満たすことができますように

神の言葉を聴くには、沈黙と、聖書の真の解釈者である聖霊の賜物を求めることが必要です。 テキストへの愛情のこもった注意の中で、他の聖書の一節の記憶が私たちの中に芽生えます。 ゆっくりとテキストの意味が現れ、それが私たちの人生を照らし、私たちを祈りに、瞑想に向かわせ、そして私たちの人生を変えます。 この道を導くのは科学ではなく、信仰と愛が決め手である聖霊です。

第二バチカン公会議は次のように述べています。「実際、天におられる父は聖書の中で深い愛情をもって自分の子らと出会い、彼らとことばを交わすからである。他方、神のことばには非常に大きな力と能力が内在しているので、教会には支えとも活力ともなり、教会の子らには信仰の力となり、霊魂にとっては糧、霊的生活にとっては純粋な尽きない泉となって現れる」(神の啓示に関する教義憲章、21)

雨も雪も、ひとたび天から降れば むなしく天に戻ることはない。…そのように、わたしの口から出るわたしの言葉もむなしくは、わたしの、もとに戻らない。それはわたしの望みを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず果たす。

イザヤ書55,10-11